三戸町

三戸城跡城山公園

 三戸城は、三戸南部氏により戦国時代(16世紀中頃)に築城され、石垣や堀跡、土塁などの遺構が多く残り往時を偲ばせている。
 また、矢倉を模した三戸城温故館や歴史民俗資料館があり、歴史ファンからも人気がある。春にはソメイヨシノ、ヤエザクラ、ヤエベニシダレなどの桜に加え、黄色の花が特徴のギョイコウが楽しめる青森県南随一の桜の名所であり、県内外から訪れる人々の憩いの場となっている。

さんのへ夏まつり

 さんのへ夏まつりは、提灯まつりとも呼ばれ、目抜き通りに立てられた笹竹に約1,200個の提灯が取り付けられます。
 提灯のやわらかい光が商店街をてらし、幻想的な光景が広がります。 歩行者天国では、多くの出店やイベントが行われ、町内外から多くの人が訪れます。

さんのへ秋まつり

 さんのへ秋まつりの起源は、三戸大神宮の祭礼にあります。記録によると1761年に町人たちから神輿が寄進されたとあり、この頃から祭礼として神輿渡御が行われたと思われます。現在は山車と呼ばれる車輪がついた台に武者絵巻を題材とした人形や飾りものが飾られます。
 毎年9月に行われ各町内会が手作りで制作した山車を人力で引っ張り町内を練り歩きます。

三戸望郷大橋

 三戸望郷大橋は、橋の長さ400メートルの3径間連続エクストラドーズド工法の橋としては世界最大級の規模を誇ります。眼下を流れる馬淵川の清流と色鮮やかな三戸町の四季の風景を一望することができます。付近には三戸町の特産品である「りんご」をはじめとする果樹園地帯が一面に広がり、花と果実が彩る実り豊かな「フルーツロード」を形成しています。

佐藤家建造物群

 明治・大正時代に建築された建造物群で、本店と別邸・塀・門・蔵が佐藤家建造物群として国の登録文化財になっています。
 別邸は、当時流行したドイツの住宅建築を当時流行したドイツの住宅建築を基に木造モルタル造りで建設され、内部は和洋折衷。調度品や家具等にも当時の先端技術が使われています。

白虎隊供養碑

 三戸町の観福寺の境内にある白虎隊供養碑は、会津から移り住んだ大竹秀蔵という人物が母親の一周忌に合わせ明治4年に供養碑を建てますが、なぜかこの碑の正面には、飯森山で自刃した白虎隊士17名の名前を刻みました。大竹の死後は無縁碑となりましたが、昭和25年、当時の住職が苔むしていたこの供養碑を境内から発見します。その後昭和51年に三戸在住の会津ゆかりの人たちが中心となって、供養碑は整備されました。

11ぴきのねこのまち さんのへ

 三戸町は、人気絵本「11ぴきのねこ」シリーズの作者・故馬場のぼるさんの故郷です。町では、三戸町にしかできない「11ぴきのねこ」のまちづくりに取り組んでいます。街中を歩くと11ぴきのねこの石像や案内標柱、各商店の店頭幕など、さまざまなところで11ぴきのねこたちに会うことができます。絵本に登場するシーンなどが描かれたラッピングバスやラッピングトレインも運行しており、沿道の人たちをほのぼのした気持ちにさせてくれています。

阿弥陀如来立像【県重宝】

 享保19年(1734年)と天保9年(1838年)の2度の火災により、悟真寺の本堂、寺宝、古記録のほとんどは焼失しましたが、本尊であるこの阿弥陀如来立像は住職が持ち出したため、焼失することなく現在に伝えられています。
 この阿弥陀如来立像は、鎌倉時代の初め頃の作と考えられ、町内にある木彫像の中では最も古いものです。また現在はわずかに残るのみですが、作られた当時は金箔が貼り付けられていました。
平成18年度に実施した解体修復により、胎内に納められた古文書が確認され、現在調査が行われています。(割矧造金箔漆箔 像高78.8センチメートル ヒノキ科)

関根の松

 南部氏家臣で御野馬別当であった一戸綱定が江戸時代初期にここへ移植した松で、樹齢400年以上を誇ります。日本名松百選にも選ばれています。

きんか餅(きんか堂)

 “きんか餅”は南部地方に古くから伝わる郷土料理の一つで、小麦を練ったもちで、黒砂糖やみそ、黒ゴマ、木の実などを混ぜた「あん」をくるんだ素朴なお菓子です。昔から8月16日の送り盆に“きんか餅”をお供えしていたそうです。

くし餅

 串にさした麦粉のもちで、じゅね(エゴマ)のたれをつけるのがこの地方の特徴。

元祖川蟹すいとん(割烹白山(しらやま))

 「ひっつみ」と呼ばれるこの地方でよく食べられているすいとんでも、この店の川蟹すいとんは美味で有名。

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